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16 山地一司宅


宇治川の先陣争い
 旭将軍とわれた木曽義仲のあまりの乱暴ぶりに後白河法皇は鎌倉の源頼朝に義仲を討つように命じました。頼朝は,範頼,義経の二人の弟に六万の兵をつけて京へ差し向けました。
 義仲は宇治川にかかる橋をはずし,川底に縄を張りめぐらして騎馬の鎌倉勢を防ごうとしました。
 寿水三年(1184)一月,雪どけの激しい流れを前に義経が思案していたその時,二騎の武者が先を争うように出てきました。磨墨に乗った梶原源太景季と生食に乗った佐々木四郎高綱でした。二人は,共に名馬を頼朝からもらっていたのです。まず景季が川に乗りり入れ,後から高鍋が「馬の腹帯がゆるんでいるぞ」と声をかけて,景季がひるんだすきに,さっと追い扱いて川を渡りき
り,みごと一番乗りを果たしました。