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20 浅野宅


桜の木に赤誠を記す忠臣 児嶋高徳
 元弘二年(1332),後醍醐天皇が先の「元弘の変」に敗れ隠岐の島へ遠流となるのを伝え聞き,勤王の志篤い児嶋高徳は天皇の奪還を画策しましたが,移動する道を誤判し,失敗しました。播磨,美作の国境の杉坂まで追いましたが,その時既に一行は院庄(現・津山市)に達していました。夜になって高徳は,厳重な警護の中を忍び入り,御座所近くの桜の木を割り「天莫空勾践,時非無范蠡」(天は古代中国の越王・勾践に対したように,決して帝をお見捨てにはなりません。きっと范蠡の如き忠臣が現われ,必ず帝をお助けします)という漢詩を書き入れ,その赤心と共に天皇を勇気づけました。翌朝,帝がご覧になり,叡慮を安んぜられました。
 その漢詩の言葉通り,翌年天皇は隠岐を脱出,名和氏と共に船上山において挙兵しました。