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久能山東照宮

2004.8.13

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 日光東照宮の陽明門等が太鼓台の幕の題材に使われ,それを紹介している太鼓台サイトもいくつか見られます。こちらは同じ東照宮でも本家久能山です。
久能山の歴史
 推古天皇の時(600年頃),久能忠仁が初めて山を開き一寺を建て観音菩薩を安置し,補陀落山久能寺と称した。その後,僧行基を始め多くの名僧等が相次いで来たり住み建物の数330坊も建ち並んで隆盛であったが,嘉禄年間(1225年頃)山麓の失火によって類焼し昔の面影はなくなった。
 永禄11年(1568年)武田信玄は当山が要害であることを聞き,久能寺を近くの北矢部に移し,山上に城砦を設け久能城と称した。
 天正10年(1582年)武田氏の滅亡により,駿河の国一帯は徳川氏が領有し久能山も徳川氏のものとなった。
 元和2年(1616年)4月17日家康が死に伴い,秀忠の命により頼宣(紀州徳川家の祖)が総奉行となり,同年5月着工,3年12月に東照宮が完成した。